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「松本零士・ちばてつやトークショー」に行ってきました。

「松本零士・ちばてつやトークショー」に行ってきました。

「アニメプロジェクト in 大泉 2014」の一環として開催された「松本零士・ちばてつやトークショー」に行ってきました。

13:00 開始のトークショーで、お二人はまず、帽子を取り替えて現れました。ちばてつや氏は松本零士氏がいつもかぶっている黒い帽子、一方の松本氏はゴルフ帽をかぶっています。ゴルフ帽はちばてつや氏の「あした天気になあれ」を象徴しています。漫画家らしいジョークでトークショーは始まりました。

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大泉小学校で開催されたこのトークショーには、随所に手作り感のある光景が見られました。床に敷かれたブルーシート、手書きされた「トイレ」の文字、等々、です。それが全体の雰囲気を暖かく、穏やかで、家庭的なものにしているように思いました。そのせいか、アニメにつきものの若者の姿をあまり見かけませんでした。参加者の多くは家族連れか、アニメーターかアニメ関連の仕事をしていると思われる中高年層でした。こんなところにも少子高齢化の一端を見る思いがしました。

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松本零士氏もちばてつや氏も共に大泉学園に住んでいます。お二人とも居住しはじめて、すでに50数年になるそうです。その彼らが小学校の講堂を埋めた聴衆を前に、出会いを語り、親交が始まってからのユニークなエピソードを次々と語ってくれたのです。松本零士氏は牧野植物図鑑を見て「蜜蜂の冒険」を描いたという話、コンコルドでちょっとしたいたずらをした話、宇宙に関心を抱いていたという話、二人とも初期は少女マンガを描いていたという話、どれも興味深く、あっという間に1時間が経ってしまいました。

牧野植物図鑑を書いた植物学者の牧野富太郎は練馬区東大泉に住んでいました。没後、その自宅は牧野記念庭園として開園されています。園内には300種近くの植物が植えられており、国の登録記念物として登録されています。松本零士氏はまさに地元でクリエイティブな発想を得、それを作品化していたのです。

数十年の居住歴があるからか、練馬を語る口調が暖かく、一種の郷土愛すら感じられました。改めてこのトークショーが練馬区民による練馬区民のための企画だということを感じさせられました。そして、お二人はしっかりとそれに応えておられたのです。

もちろん、対話の節々に、クリエイターとしての一側面を見ることができましたし、トークショー終盤ではお二人の作画実演を見ることができました。漫画家のトークショーならではのクライマックスでした。

ちばてつや氏が描いたジョー(「明日のジョー」の主人公)。左下がちばてつや氏です。

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松本零士氏が描いたメイテル(「銀河鉄道999」の主人公)。右下が松本零士氏です。

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司会者からその場で何か描いて欲しいと請われ、お二人が選んだのが、それぞれの代表作品の主人公でした。

松本零士氏は76歳、ちばてつや氏は75歳です。18歳と17歳で出会い、その後、数十年間、交流を深めながら漫画としての境地を切り開いてこられました。壮大な夢を持ち、その夢を実現させることができたヒトだけが持てる輝きがお二人にはありました。

トークショーが終わってから、松本零士氏はメーテルに扮した子どもたちと一緒に大泉学園の商店街を練り歩きました。真ん中の黒い帽子を被っているのが松本零士氏です。地域活性化のためのサービスでした。

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このトークショーを企画した人々、それに応じた松本零士氏やちばてつや氏、そして、トークショーに参加した人々、それぞれがこのとき、暖かく、懐かしく、そして、さわやかな一体感に包まれていたように思います。私もまた、ユーモラスで、まだまだ創作意欲満々のお二人を見ていて、おおいに元気づけられました。(2014/5/18 香取淳子)

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