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03月

アニメの影響:制作会社はどこまで責任を負うべきか?

アニメの影響:制作会社はどこまで責任を負うべきか?

■『喜羊羊与灰太狼』

今年もまた1月16日に、中国全土でアニメ映画『喜羊羊与灰太狼之飞马奇遇记』が公開されました。ここ数年来、『喜羊羊与灰太狼』シリーズは正月になると公開され、毎回、大ヒットしてきました。国産アニメでは唯一といっていいほどの人気アニメだったのです。ところが、どうやら今年はそうではないようです。豆瓣(2005年に開始された中国のSNS)での評価を見ると3.8で、これまでになく低いものでした。評価者の一人は、ロジックは混乱しており、場面は嘘っぽく、笑いもこなれていない、これでは子どもたちに何を伝えたいのかわからない、と書いています。

 喜羊羊与灰太狼之飞马奇遇记( 2014 )

http://movie.mtime.com/206465/

■アニメ批判

実は、2013 年4月6日、中国では8歳と5歳の子供が人気アニメ『喜羊羊与灰太狼』のシーンを真似して友達に大怪我をさせてしまった事件がありました。以来、アニメの暴力シーンに対する批判が高まっていたのです。 ブロガーの百元籠羊氏はこれに関連して、中国国営放送のCCTVがアニメの悪影響についての番組を放送したことを明らかにしています。CCTVがアニメの「七つの大罪」として挙げていたのが、以下の内容であり、(  )内はその例とした挙げられた放送番組です。

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暴力を誘導する(喜羊羊と灰太狼)

身体の怪我や損壊を誇張して表現する(トムとジェリー)

「火遊び」の危険の軽視(トムとジェリー)

言葉が文明的ではない(中国国産アニメ「熊出没」)

悪ふざけ(クレヨンしんちゃん)

着飾って成人化する(セーラームーン)

ポルノを暗示(クレヨンしんちゃん)

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上記の詳細はこちら。http://kinbricksnow.com/archives/51862073.html

たしかに、日本でも「クレヨンしんちゃん」や「セーラームーン」が放送された当初、子どもへの悪影響が心配されたものでした。父母やPTAはこれらの番組にクレームをつけたのですが、子どもたちは見たがっており、一般の人々も大半が視聴についてはそれぞれの家庭で管理すればいいという意見でしたから、放送中止にはなりませんでした。もちろん、内容が修正されることもありませんでした。 ところが、中国ではこの暴力事件を契機としてアニメの子どもへの悪影響を心配する声が高まり、ついには国営放送CCTVが取り上げるほどになったのです。

■問われるアニメ制作会社の責任

ブロガーの百元籠羊氏は2014年1月20日、人気アニメ『喜羊羊』の真似をして子どもが友達に大怪我をさせた件で、制作会社がその責任を問われて告訴され、第一審の結果が出たことを報告しています。制作会社にはなんと原告の被害額の15%に相当する約3万9000元(日本円:約67万円)を賠償するよう命令が出されたのだそうです。これについてはネット上で様々な意見が寄せられました。制作会社ではなく保護者の責任ではないか、というものから、こんなことで規制されるなら、武侠モノもダメではないか、というもの、アニメ会社も子ども向けということを忘れて安易な表現に走りすぎていたというもの、実に多様な意見が寄せられています。

詳細はこちら。http://www.recordchina.co.jp/group.php?groupid=82003

制作会社はアニメの影響について責任を持つべきという意見から、持つ必要はないという意見まで、さまざまな見解があることがわかります。ですが、事件の発生によって、アニメの影響に対する関心が高まり、大多数の意見が内容規制の方向に収斂していったことは事実でしょう。今年の『喜羊羊与灰太狼』映画の評価が例年のほどかんばしくなかったのは、ひょっとしたら、子どもたちの気持ちを手っ取り早く惹き付ける要素が希薄になっていたからかもしれません。

■子どもに対するメディアの影響

子どもに対するメディアの影響は古くて新しいテーマです。とくに暴力シーンの影響については、1960年代から1980年代までのアメリカでさまざまな観点から数多くの研究が実施されました。暴力シーンを見た子どもはそれを模倣し、暴力行為を働くようになるのだろうか。それが最大の関心事だったのです。

実験的研究から実態調査研究、参与観察研究などさまざまな研究の結果、子どもの年齢によって影響の度合いは異なるというもの、暴力シーンは暴力行為の単なる引き金にすぎないというもの、  記憶に蓄積されて後年、発現するというもの、暴力を容認する価値観が醸成されやすいというもの、カタルシス効果があるというもの、研究成果もまたさまざまでした。程度の差はあれ、暴力シーンが子どもになんらの影響をもたらすことは確かだといえます。

それではどうすればいいのか。子どもをメディアの影響から守るという点では、見せないこと(規制)によって守るという方法と、見せるが見せ方に工夫することによって守るという方法があると思います。見せないことによって守るという方法では、その反動でいつか見たときの影響が大きくなるかもしれません。また、いつまでも見せない環境下に子どもを置いておくこともできません。

それでは、規制をせずに自由に見せるが、見せ方に工夫することによって、子どもを守るという方法はどうでしょうか。私が考える方法は、保護者が子どもと一緒にアニメを視聴するというものです。一緒に見ていれば、子どもがどのシーンにどのような反応をしているのかわかりますし、暴力シーンなど、ネガティブな影響があると思われるシーンでは、保護者が批判的に視聴してみせることもできます。そのような経験をすると、子どもはアニメのシーンを無批判に受容するのではなく、保護者の価値観とセットでそのシーンを受容するようになります。ですから、子どもがアニメの影響をストレートに受けることの弊害は少なくなると思います。

ただ、この方法は保護者との信頼関係が築き上げられている場合、そして、保護者に時間の余裕がある場合に有効です。実際にはそうではない場合も多々あるでしょう。ですから、子どもにネガティブな影響を与える可能性のあるアニメについては、幼稚園や保育園などの公的な場で、教材として取り上げ、批判的に視聴する機会を持つようにするのがいいのかもしれません。

いずれにせよ、子どもたちは国境を越えて自由に情報が行き交うインターネットの時代を生きています。メディア規制がきわめて難しくなっている環境下で成長していかざるをえないのです。そのような現状を考えれば、規制するよりはむしろ、メディアリテラシーを養っていくことの方が現実的な対応ではないかと思います。(2014/3/31 香取淳子)

 

 

 

 

 

『アナと雪の女王』:最高の表現力と娯楽性

『アナと雪の女王』:最高の表現力と娯楽性

■多様な観客層

3月28日(金)、ふと思い立って、ユナイティッドシネマとしまえんに出かけました。ディズニーの『アナと雪の女王』(字幕版、13:40~15:40)を見てみようと思ったのです。上映スケジュールを調べると、字幕版が4回、吹き替え版が4回で、1日に8回も上映しているのはこの映画だけでした。念のため、29日(土曜日)のスケジュールを見ると、字幕版4回、吹き替え7回、30日(日曜日)は字幕版3回、吹き替え版6回でした。土曜、日曜はなんと11回、9回も上映されるのです。子ども連れが多いからか、吹き替え版が多く設定されています。これだけでも、この映画が日本でも大ヒットしていることがわかります。実際、開演直前の場内はほぼ満席でした。

IMG_0765 (640x480)

上の写真は上映40分前の売店前の光景です。字幕版のせいか、幼い子ども連れの姿はなく、10代から中高年層まで幅広い世代が観客層だということがわかります。

■白黒短編アニメと本編アニメ

本編の上映前に、白黒の短編アニメーション『ミッキーのミニ救出大作戦』が上映されました。子どものころ見たディズニー映画を思い出し、懐かしくなってしまいましたが、これはあっという間に終わってしまいました。次に、『アナと雪の世界』が始まったのですが、まず、実写よりもリアルに見える画面に見入ってしまいました。氷や雪、霜は実際にはあのようにはっきりと見えるでしょうか。そして、深みのある音響、心にずっしりと響きます。映像といい音響といい、否応なく作品世界に引き込まれてしまう技術力に驚きました。

主人公のアナやエルサの肌や髪の質感、一挙手一投足の動きも見事に表現されていましたが、顔のデザインには最初、やや違和感を覚えました。典型的な可愛さ、美しさでデザインされていなかったからです。ただ、見慣れていくうちに、とても魅力的に思えるようになりました。独特の顔つきだからこそ、アニメでありながら微妙な心理を表現することができ、キャラクターとしての奥行を感じさせることができたのだと思います。

登場人物の画像はディズニーの公式サイトで見てください。

詳細はこちら。http://ugc.disney.co.jp/blog/movie/category/anayuki

手に触れるモノはなんでも凍りつかせてしまう魔力を持ったエルサ女王と妹のアナ王女。この二人を軸に、物語は展開されます。戴冠式の日、アナとエルサがちょっとした諍いをし、エルサの魔力のせいで王国が凍てついた冬に閉じ込められてしまいます。エルサは王国を去り、アナはエルサを追います。王国を冬の国から解除するにはエルサの魔力が必要だと思ったからです。

苦難の末、アナは北の王国にいるエルサに会うことができたのですが、エルサの魔力では王国を冬から解除することができません。「真実の愛」こそが解除できるということがわかり、アナはハンス王子との愛を示せば、解除できると考え、王国に急いで戻ります。ところが、彼はアナを利用しただけで愛していませんでした。アナを見捨てます。

■卓越した技術力

ハンス王子は戻ってきたエルサすら殺そうとします。エルサを助けようとしたアナが凍りはじめ、エルサは泣き崩れます。心底、妹アナを思う愛でした。その「真実の愛」によってアナは生き返り、王国も冬から解除されます。凍てついた氷の世界い色彩が戻っていくシーンが素晴らしかったです。

脇役として活躍したオラフ(雪だるま)、スヴェン(トナカイ)が作品に興を添え、音楽がとても素晴らしく、リズミカルでテンポがよく、大人も楽しめるアニメーション映画でした。見事なエンターテイメントになっていると思いました。氷や雪、霜といった白一色の世界、アナやエルサの折々の心理を反映させた顔の表情、いずれもアニメーションで表現するのはきわめて難しい領域だと思いますが、細部を微妙に描き分け、それを見事に表現していた技量を素晴らしいと思いました。

卓越した表現力と娯楽性に徹した作品づくりに圧倒されました。(2014/3/29 香取淳子)

 

 

 

 

 

 

 

 

短編アニメーション映画の可能性

短編アニメーション映画の可能性

■山村浩二作品集上映会

3月22日(21:30~22:30)、山村浩二作品集上映会に参加しました。21:30分から始まった上映会では、冒頭で、山村監督による簡単な作品紹介がありました。印象に残っているのは、短編アニメーションをより多くの人に知ってもらうために、ショップとギャラリーを昨年からオープンさせているということでした。確かに、私も山村浩二作品には以前から興味があったのですが、これまで視聴する機会がありませんでした。短編アニメーションは商業ベースには乗りにくく、上映機会が少ないからだったのでしょう。

上映されたのは7本の短編アニメーションで、その概要は以下の通りです。

『カフカ 田舎医者』  短編アニメーション、35mm、21分、2007
『こどもの形而上学』  短編アニメーション、35mm、5分8秒、2007
『年をとった鰐』 短編アニメーション、35mm、13分、2006
『Fig』 短編アニメーション、4分20秒、2003
『頭山』 短編アニメーション、35mm、10分、2002
『five fire fish』 短編アニメーション、1分29秒、2013
『マイブリッジの糸』 短編アニメーション、35mm、12分39秒、2011

7本の中で長いもので21分、短いのはわずか1分29秒です。これでは長編とは自ずと異なった作りにならざるをえません。長編アニメと違って、ストーリーや登場人物に同化させるだけの時間がないのです。ですから、ストーリーや登場人物に同化させるのではなく、むしろ距離を置いて批判的に観察させるように仕向けます。そうすることによって視聴者の心に深い問いかけを残すことができます。いってみれば、視聴者の心にさざ波を立てるのです。

そもそも画風がいっぷう変わっています。線画風ですが、日常の風景でさえ異次元の世界に見えてしまう深みがあって引き込まれます。現実世界の複層性は言葉では整理することができない複雑さがありますが、その画風によって、見事に表現されていました。とくに優れていると思ったのが、『カフカの田舎医者』であり、『頭山』でした。いずれも長編では描けない世界です。

上の写真は作品集『Ein Landarzt』の表紙です。
アニメ「カフカの田舎医者」の原作である「田舎医者」は、1918年に年刊誌『新文学』に掲載され、1920年に短編集『田舎医者』に収録されました。
■飲食、談笑、映画
さて、ヒトは誰か他のヒトと心を通い合わせたくて、共に飲み、食事をし、会話をします。それでも、なかなか心が満たされることはありません。それだけではせいぜい他のヒトと快いひとときを共に過ごせたにすぎないからです。そこで、ヒトは感動を求めて映画館に足を運びます。映画であれば、ヒトは少なくとも、ジャンル別に分類された「感動」ぐらいは即席に受け取ることができるからです。このような現代人の欲求に合わせ、飲食と情報コンテンツがセット化されて「賑わい」は作り出されます。そして、山村作品集が上映された会場があるCOREDO室町界隈はそのような一角でした。

やがて、飲食、音楽、「感動的」な大衆向け映画だけでは心が満たされなくなるヒトが出てくるはずです。そうなったとき、山村浩二作品にみられるような短編アニメーションのもつ異化作用の力が必要とされるようになるでしょう。「感動」や「同化」に頼らずに作品世界に引き込む力を持っているからです。「感動」はヒトや人間社会の持つネガティブな要素を排除したところで生み出されがちです。そこに大抵の場合、現実の歪曲があり、強引な解釈が介在します。

こうしてみると、ヒトが現実社会をありのままに見つめようとするとき、衝撃力をもつ短編アニメーションが求められるはずです。短編アニメーションの可能性の一つはそのあたりにあるのではないでしょうか。(2014/03/23  香取淳子)

中国のアニメ視聴者層は?

中国のアニメ視聴者層は?

■中国アニメ産業と消費調査報告

人民網日本語版によると、北京師範大学のデジタルメディア学部が2013年12月17日、『中国アニメ産業と消費調査報告』を発表したといいます。北京師範大学といえば、北京電影学院、中国伝媒大学とともに、中国ではアニメに関する主要な大学ですが、その北京師範大学がアニメ産業に関する調査研究を実施し、その成果を報告書としてまとめ、公表したというのです。

「中国のアニメ制作量は世界一」http://j.people.com.cn/95952/8490027.html

2008年から2012年までの五年間に中国のアニメ制作量は世界一、アニメーション映画の総興業収入も増加の一途を辿ってきました。ところが、中国国産アニメの一作品当たりの平均興業収入は減少しているというのです。その一方で、輸入アニメーション映画は国産の3.65倍もの興業収入を上げているといいます。政府が強力な支援策を講じているにもかかわらず、ヒット作を生み出せていないのが現状なのです。制作量が多いだけではアニメ大国とはいえません。

北京師範大学のホームページを見ると、報告書を2013年12月17日に正式に公表したことがわかります。報告書のタイトルは、『中国动漫产业与消费调查报告2008-2013』です。

すでに2012年から中国政府はアニメ制作の質の向上に向けてさまざまな政策をとっていますが、今回の調査はそのための市場調査であり、視聴者の意向調査であるといえます。人々に受け入れられる作品を制作するには、人々が何に関心を抱き、どのようなストーリーや表現に心を動かされるのか、どのようなキャラクターを好ましいと思うのか、といったようなことを把握していなければなりません。

■接触メディア

興味深いのは媒体についての調査結果です。下図はちょっと読みにくいですが、アニメ映画についての情報を知る媒体として最も多く接触しているのが、電子媒体で43.3%に及びます。

広大な地域に膨大な人口を抱える中国では今後ますます電子媒体の重要性が高まっていくと思われます。他の媒体に比べ、はるかに利便性が高いからです。電子媒体はもはや情報を得る手段としてだけではなく、情報を発信する手段としても重要な意味を持ち始めています。

この調査ではアニメ映画を見ている人の84%以上が40歳以下で、そのうちの29.8%が4年制大学以上の高学歴の人々だということがわかりました。この調査結果を踏まえて対策をとるとすれば、これまでのような子ども向けのアニメーション映画だけではなく、高学歴で成人の視聴者を対象にした作品を提供していかなければならないことがわかります。

中国が大学を基盤にアニメーション制作の基礎固めを行っているところを見ると、今後、優秀な人材が次々と誕生してくる可能性があります。次代を担う人材には、構想力や企画力、ストーリーの構築力だけではなく、コンピュータをベースとした表現力をもとめられてくるからです。アニメ先進国である日本もうかうかしていられない時代になりつつあるようです。(2014/03/20 香取淳子)

 

 

練馬区がアニメーターズ・キャリアアップ講座を開始。

練馬区がアニメーターズ・キャリアアップ講座を開始。

■アニメーターズ・キャリアアップ講座の開始

3月9日、練馬区が参加費無料のアニメーターズ・キャリアアップ講座を開始しました。動画制作の技能を向上させるために、練馬区に在住あるいは在勤の新人動画マンを対象に、3月9日、16日、21日の計3回実施されるというものです。

毎回、講義と実技指導を組み合わせたカリキュラムになっており、フリーアニメーターの名和誉弘氏(9日、担当:動画検査)、プロダクションI.G.取締役の後藤隆幸氏(16日、担当:作画監督・キャラクターデザイン)、アニメ私塾代表の室井康雄氏(21日、担当:原画・絵コンテ・演出)などが講師を務めます。平成25年度の練馬区アニメ人材育成支援事業として企画されました。

詳細は  こちら。http://anime-cu.jp/

■離職率の高いアニメーター

安倍政権の成長戦略の一つとして位置づけられているアニメ産業ですが、その実態はきわめて脆いのです。中小零細企業が多く、経営基盤が脆弱なのです。はたして次代への備えはどうなのでしょうか。実際、アニメーターを志してこの業界に入った若者が次々と辞めているのです。

以前、この問題について調べて書いた文章があります。その一端を紹介しましよう。

「新人は動画担当を三、四年経験すると原画担当になっていくのだが、収入が少ないのでそれ以前に退職してしまう人が多いといわれる。その結果、動画のキャリアを積んだ人材が足りず、原画マンが慢性的に不足している。国内で仕事をこなせないから動画の多くは東南アジアなどに発注され、原画マンが不足するという悪循環から脱却できないのである」

(香取淳子「日本アニメを考える」『放送レポート』2013年9月号、p.35)

動画制作工程には以前からこのような大きな問題があり、いまだに解決されていません。ですから、今回、実施された練馬区のアニメ人材育成支援事業はまさにこの課題に焦点を当てて行われたものといえます。動画マンはアニメーターとしての出発点であり、キャリアパスの初期段階だからこそ、新人動画マンに対する教育支援が必要なのです。

■人材育成の必要性

練馬区には約90社のアニメ関連会社があります。いってみれば、アニメ産業は練馬区にとって地場産業なのですが、その多くが中小零細企業ですから、次代に備えて自前で制作環境の改善や人材育成を行うことは難しいのです。将来に対する備えがなければ、競争力を持ち続けることはできません。

グローバル化が進み、メディア環境が激変する一方で、日本では少子高齢化が進んでいます。それに伴って、さまざまな領域で国際競争力を失いつつあります。アニメ産業もその一つですが、今回の練馬区の支援事業がこれまで営々として築き上げてきた日本のアニメ産業を自治体が支えていくための一つのモデルとして、他にも広がっていけばと期待しています。(2014/03/20  香取淳子)

 

 

幼児がテレビを見なくなった?

幼児がテレビを見なくなった?

■幼児の視聴時間はなぜ減ったのか

3月12日、NHK放送文化研究所主催の「春のシンポジウム」に参加しました。「幼児のテレビ視聴時間は、なぜ減ったのか」という安楽裕里子氏の報告にちょっと驚きました。

いま、2歳から6歳の幼児のテレビ視聴時間は1日平均、1時間49分なのだそうです。1980年代の前半に子どもとテレビの研究をしていた私にとっては意外な数字でした。1998年に2時間43分であった一日平均視聴時間はその後、長期的な減少傾向がみられ、この15年間で約1時間ほども下回ったというのです。

「 幼児の視聴時間はなぜ減ったのか」詳細はこちら。http://www.nhk.or.jp/bunken/symposium/2014/program.html#a

まだ文字を十分に習得していない年齢の子どもたちにとって、テレビは唯一の情報手段です。ところが、そのテレビを見る時間が減っているというのです。たしかに、普段、テレビを見ていても、子ども向け番組が少なくなったような気がします。そうはいっても、他に手段がなければ、子どもたちはテレビを見るはずです。ところが、そうではない。というのは、どういうことなのでしょうか。

安楽氏は資料を踏まえ、0歳から6歳までの子どもの生活時間を2013年と2003年を比較すると、2013年は拘束時間(幼稚園、保育園、外出)が57分増え、自由行動時間は1時間6分減少していることが明らかになったといいます。また、テレビ視聴時間は平日、日曜ともこの10年間で減少が顕著であり、録画番組、ビデオ、ゲームなどに使う時間は増えているといいます。

■多様な視聴覚メディアへの接触

NHK放送文化研究所の調査結果からは、子どもの余暇時間が減っていること、テレビだけではなく、ビデオ、ゲームなど多様な視聴覚メディアに接触していることが視聴時間減少の主因になっていることがわかります。安楽氏はさらに、最近の子どもがスマホやタブレットなどの機器にも接触していることをあげています。

興味深いことに、文字を十分に習得していない年齢の子どもたちの情報手段として、スマホやタブレットが登場しているのです。とくにタブレットはテレビとは違って、自分で操作を楽しむ要素もあります。画面をタップしたり、ピンチすることで、必要な情報を表示させたり、画面移動をしたり、拡大・縮小したりできます。タブレットにはカスタマイズできる面白さがあるのです。

■子ども番組の減少、新しいメディアの登場

私が「子どもとテレビ」について調査をしていた1980年代前半に比べ、新しい情報機器が子どもたちの生活環境の中に入り込んでいるのです。その一方で、子ども向け番組は圧倒的に減少しています。これは少子化の影響といえますが、生活空間の中でのこのような変化は子どもが子ども時代を生きることが難しくなったことを意味します。

かつて「7歳までは神の内」といわれた年齢の子どもたちが大人と同じような情報機器を手にし、大人が見ている番組を見ざるを得ない状況になっているのです。このような状況はおそらく、今後、ヒトの感性や行動、価値観に影響を与えていくのでしょう。どういう方向に向かっていくのか、生活時間、メディア接触時間といった項目を丁寧に追いながら、見つめていく必要があると思いました。(2014/03/19  香取淳子)